鶴竜の大関昇進に学ぶ

私は特別の大相撲ファンというわけではありませんが、好きな力士は白鵬、稀勢ノ里、鶴竜です。
その白鵬、鶴竜が今回の大阪場所で優勝を争い、日曜日は大相撲を観戦していました。
鶴竜は優勝決定戦で惜しくも白鵬に敗れ、優勝こそ逃しましたが、本場所は、白鵬以下1横綱4大関を破る活躍で大関昇進を決定しました。
その鶴竜を日経新聞が次のように紹介しています。

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「体は小さいし、最初は床山かと思った。三段目に上がれるかどうか」
2001年、モンゴルからやってきた細身で優しい顔立ちの16歳を見た井筒親方の正直な感想だ。
後に鶴竜というしこ名をもらう少年は、入門時、全く期待されていなかった。
親方がそう思うのも無理はない。
モンゴル相撲は遊びでやった程度。
日本からやって来た親方による選抜大会でも落選した。
それでも相撲への情熱は負けなかった。
テレビで放送される日本の大相撲中継を見て、モンゴル人力士の先駆者である旭鷲山らにあこがれた。
「自分もやってみたいな」。角界入りを希望する手紙を日本語に翻訳して郵送した。
それが回り回って井筒部屋に手紙が届き、ついに入門がかなった。
来る日も来る日も稽古に明け暮れた。
「ただただ一生懸命上を目指して必死にやった。どんなことに対しても負けたくないという気持ちがあった」

(中略)

父は大学教授。
モンゴル相撲の大横綱を父に持つ白鵬、同じく父が活躍した朝青龍、日馬富士とは異なり、親戚にはモンゴル相撲で実績を残した人はいない。
「モンゴル相撲で強かった親戚の遺伝子がないと大成しない」との母国からの声にも、鶴竜は意に介さず「遺伝がないと強くならないということはない。その人の頑張り次第。努力して一生懸命頑張れば出来るんだというのを見せたい」
順風満帆の出世街道ではなかった。
体を大きくするのに苦労し、三段目で2年間足踏みした。
横綱戦では初戦から27連敗も経験した。

(中略)

胸に刻んでいたのは師匠から教えられた「努力なしでは成功しない」という言葉。
地方巡業の朝稽古では土俵を独占し、土俵の外ではビデオを見て研究を重ね、最近では体重を小まめに管理し、取組の反省点をノートに記するようになった。
「一歩、一歩、経験を積み、精一杯やることをやってきた」
土俵生活も11年目となり26歳となった鶴竜にはコツコツという言葉がよく似合う。

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以上が記事の内容です。
稲盛さんの仕事の成果の方程式 成果=考え方*熱意*能力にあるように、能力の不足を鶴竜は、努力という熱意と遺伝子がなくても強くなるという考え方で補ったと言えるのではないでしょうか。
格闘技のような生まれ持った身体能力が優先すると思われる世界でも、熱意、さらに考え方が大事だということを鶴竜の大関昇進は言い表していると思います。
大相撲を見ながら改めて稲盛さんの方程式を思い起した次第です。


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