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	<title>ウメケンブログ～社長の朝礼卓話～</title>
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	<description>ウメケンこと梅田憲一の朝礼卓話より。</description>
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		<title>素直な心を持つ</title>
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		<pubDate>Tue, 30 Jan 2024 01:47:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.i-tsu.jp/blog/?p=1483</guid>
		<description><![CDATA[今月のフィロソフィのひとつ、素直な心を持つを取り上げます。 これまでも稲盛さんの言葉を引用して、素直な心は成功の親であり、源だとよく話をさせていただきました。 ただ、未だに社内においても人の話を素直に受け入れてくれない人がときおり見かけます。 自分で自分の成長にふたをしているようなものでもったいない話です。 よく経験するのが、嘘をついているわけではないけど、聞かれないことをいいことに、あるいは相手が知らないこといいことに、根本的な事実はわざと言わない。 でもこれはわかってそうしているわけですから嘘と同じです。 簡単なことを専門用語を駆使し、複雑に言い、自分の不利にならないようにして煙に巻く。 これも私から見れば嘘です。本当の専門家は素人にもわかりやすく話せるものです。 なぜそのような言動になるかと言えば自分がかわいいや保身の感情が勝っているのだと私は思います。つまり利己心が強いということになります。 くれぐれもそうしたことが習慣とならないようにお願いします。特に、若い人でそのようなことが習慣化するとまず充実した人生とはなりません。だからこのような習慣は絶対にあってはならないことなのです なぜなら結果的に嘘をつけば周囲の信頼は消えていきます。 何よりも自分で自分の成長を妨げ、その上、社内で人望がなくなります。 注意されたことも含めて素直に受け止めようと努力する人は、指摘した人も指摘したかいがあったというもので、何かにつけ支援やアドバイスを受けるようになります。 結果、成長し、組織や集団での地位も上がっていきます。 つい反発してしまうというか、反発が習い性のような人もいるかもしれません、注意されたことが間違っていると感じることもあるかもしれません。でも、一旦受け止めた上で、相手と話し合うことで案外、言われたことも当たっていると思えるときもあるし、誤解を生んだ要因は自分にもあると反省することもあるものです。 ハーバード大学ビジネススクールのリンダ・ヒル教授という人が、日経新聞で「このような自分中心の人はいかに有能であっても周りに自分のことを話さないから理解されないし、ほかの人を味方にもつけてこなかった。それに気づいていない。分別もなくなる。自分の行動に疑問を持たないため共感力をはぐくめず、自分を客観的に把握できない。」よって、いいリーダーにはなれないとして、リーダーの大切な資質として共感力を上げています。 人の意見を受け入れることができるから共感できるわけで素直さに通じます。 逆に自己への愛や保身意識が高い人、仕事ができるとうぬぼれている人はリーダーには向きません。 もちろんなんでかんでも受け入れる必要はありませんが、他者のことを考え、全体の価値を追求する人望のあるリーダー、それは素直な人から生まれるのだと思います。 素直というのは優れたリーダーの絶対条件だと思います。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今月のフィロソフィのひとつ、素直な心を持つを取り上げます。<br />
これまでも稲盛さんの言葉を引用して、素直な心は成功の親であり、源だとよく話をさせていただきました。<br />
ただ、未だに社内においても人の話を素直に受け入れてくれない人がときおり見かけます。<br />
自分で自分の成長にふたをしているようなものでもったいない話です。<br />
よく経験するのが、嘘をついているわけではないけど、聞かれないことをいいことに、あるいは相手が知らないこといいことに、根本的な事実はわざと言わない。<br />
でもこれはわかってそうしているわけですから嘘と同じです。<br />
簡単なことを専門用語を駆使し、複雑に言い、自分の不利にならないようにして煙に巻く。<br />
これも私から見れば嘘です。本当の専門家は素人にもわかりやすく話せるものです。<span id="more-1483"></span></p>
<p>なぜそのような言動になるかと言えば自分がかわいいや保身の感情が勝っているのだと私は思います。つまり利己心が強いということになります。<br />
くれぐれもそうしたことが習慣とならないようにお願いします。特に、若い人でそのようなことが習慣化するとまず充実した人生とはなりません。だからこのような習慣は絶対にあってはならないことなのです</p>
<p>なぜなら結果的に嘘をつけば周囲の信頼は消えていきます。<br />
何よりも自分で自分の成長を妨げ、その上、社内で人望がなくなります。<br />
注意されたことも含めて素直に受け止めようと努力する人は、指摘した人も指摘したかいがあったというもので、何かにつけ支援やアドバイスを受けるようになります。<br />
結果、成長し、組織や集団での地位も上がっていきます。</p>
<p>つい反発してしまうというか、反発が習い性のような人もいるかもしれません、注意されたことが間違っていると感じることもあるかもしれません。でも、一旦受け止めた上で、相手と話し合うことで案外、言われたことも当たっていると思えるときもあるし、誤解を生んだ要因は自分にもあると反省することもあるものです。<br />
ハーバード大学ビジネススクールのリンダ・ヒル教授という人が、日経新聞で「このような自分中心の人はいかに有能であっても周りに自分のことを話さないから理解されないし、ほかの人を味方にもつけてこなかった。それに気づいていない。分別もなくなる。自分の行動に疑問を持たないため共感力をはぐくめず、自分を客観的に把握できない。」よって、いいリーダーにはなれないとして、リーダーの大切な資質として共感力を上げています。</p>
<p>人の意見を受け入れることができるから共感できるわけで素直さに通じます。<br />
逆に自己への愛や保身意識が高い人、仕事ができるとうぬぼれている人はリーダーには向きません。<br />
もちろんなんでかんでも受け入れる必要はありませんが、他者のことを考え、全体の価値を追求する人望のあるリーダー、それは素直な人から生まれるのだと思います。<br />
素直というのは優れたリーダーの絶対条件だと思います。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>心を高めるとは・・・</title>
		<link>http://www.i-tsu.jp/blog/blog/2023/12/26/%e5%bf%83%e3%82%92%e9%ab%98%e3%82%81%e3%82%8b%e3%81%a8%e3%81%af%e3%83%bb%e3%83%bb%e3%83%bb/</link>
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		<pubDate>Tue, 26 Dec 2023 08:00:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.i-tsu.jp/blog/?p=1479</guid>
		<description><![CDATA[盛和塾で最初の頃の稲盛さんの講話を聴いていると、経営者が心を高めることで会社の経営が伸びて、全従業員の物心両面の幸福が実現されるとよく話されていました。 私は会社が全従業員の物心両面の幸福実現のためにあるということは早い段階で納得できたのですが、経営者の心が高まれば会社の経営が伸びて、従業員の幸福につながるのだということはなかなか腑に落ちませんでした。 これが心から理解できるようになったのは随分、後になってからでした。 結局、人の人生はすべて己の心から成り立っている、このことを事実として受け入れられるかどうかなのです。 世の中、心のきれいな人が幸福だとか、成功しているとは言い切れない点が多々あります。 私の周囲でもそうでした。 嫌味な人、我欲の強い人、思いやりに欠ける人が成功している例はいくらでもいます。 こんな利己的な人が大きな会社を経営している、世の中、理不尽なものだと思ったことは一度や二度ではありません。 でも、稲盛さんが言われるように10年、20年、30年もすれば、その結果は見えてきます。 利己的な心が強い人は徐々に転落していったり、存在が薄くなったりしていきました。 歳を重ねてそういう現象が見えるようになってようやく私も稲盛塾長が真理だと言われていることに心から納得するようになったのです。 情けないですが50代半ば頃のことです。 ですからもっと早くその真理を受け入れていれば私の人生も変わったろうにと悔やむ思いが湧いてきます。 同時に会社ももっと立派になっていたと思います。 その意味で、社員の皆さんには私の心の器量のなさを申し訳ないと思っています。 素直が一番と稲盛塾長がよく言われていたことですが反省しかありません。 それでも私なりに全社員の物心両面の幸せ実現のためにどうしたらいいのか、一方で自分の心をどう高めていけばいいのか、特に、60歳過ぎてからはそのことを強く意識して会社経営を続けてきました。 遅ればせながらではありますが、塾長が言われている真理に気が付いて本当に良かったと思います。 もちろん私自身も会社もまだまだですが、皆で力を合わせ、互いの心を高めていけば、私がいなくなっても会社は自然と立派になっていきます。 フィロソフィの継承こそが当社が永年企業になる唯一の道です。 心を高めるとは最終的に利己より利他が上回っているということであり、そのように心が浄化された人は必ず人生が好転しますし、自分の幸福ばかり願い、他者のことなどお構いなしの人は必ず転落の人生となります。 転落の人生とは収入が少ないとぼやいたたり、病気ばかりしたり、不幸が続いたり、不満・愚痴の人生です。 これは真理なのだと社員の皆さんにはぜひ理解して欲しいし、我が身を正すように努力しましょう。 宇宙の意志と調和するというのはそのような努力の先に必然的に生じる法則なのです。 稲盛さんは次のように言われています。 「経営者はもちろんだが、社員同士が心を磨いていけば、社員の立ち振る舞いも立派になり、社風にも品格が備わり、いわば手の切れるような会社になる。望まなくとも会社は立派に成長していく」 世のため、人のため、当社はまだまだ貢献できるし、その結果として当社の社員全員の物心両面の幸福実現を成し遂げなければなりません。 今年も残りわずかですが、来年は今年より少しでも互いの心が高まったと言えるような会社にしましょう。 今朝のフィロソフィは宇宙の意志と調和する心です。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>盛和塾で最初の頃の稲盛さんの講話を聴いていると、経営者が心を高めることで会社の経営が伸びて、全従業員の物心両面の幸福が実現されるとよく話されていました。<br />
私は会社が全従業員の物心両面の幸福実現のためにあるということは早い段階で納得できたのですが、経営者の心が高まれば会社の経営が伸びて、従業員の幸福につながるのだということはなかなか腑に落ちませんでした。<br />
これが心から理解できるようになったのは随分、後になってからでした。<br />
結局、人の人生はすべて己の心から成り立っている、このことを事実として受け入れられるかどうかなのです。<span id="more-1479"></span></p>
<p>世の中、心のきれいな人が幸福だとか、成功しているとは言い切れない点が多々あります。<br />
私の周囲でもそうでした。<br />
嫌味な人、我欲の強い人、思いやりに欠ける人が成功している例はいくらでもいます。<br />
こんな利己的な人が大きな会社を経営している、世の中、理不尽なものだと思ったことは一度や二度ではありません。<br />
でも、稲盛さんが言われるように10年、20年、30年もすれば、その結果は見えてきます。<br />
利己的な心が強い人は徐々に転落していったり、存在が薄くなったりしていきました。</p>
<p>歳を重ねてそういう現象が見えるようになってようやく私も稲盛塾長が真理だと言われていることに心から納得するようになったのです。<br />
情けないですが50代半ば頃のことです。<br />
ですからもっと早くその真理を受け入れていれば私の人生も変わったろうにと悔やむ思いが湧いてきます。<br />
同時に会社ももっと立派になっていたと思います。<br />
その意味で、社員の皆さんには私の心の器量のなさを申し訳ないと思っています。<br />
素直が一番と稲盛塾長がよく言われていたことですが反省しかありません。<br />
それでも私なりに全社員の物心両面の幸せ実現のためにどうしたらいいのか、一方で自分の心をどう高めていけばいいのか、特に、60歳過ぎてからはそのことを強く意識して会社経営を続けてきました。</p>
<p>遅ればせながらではありますが、塾長が言われている真理に気が付いて本当に良かったと思います。<br />
もちろん私自身も会社もまだまだですが、皆で力を合わせ、互いの心を高めていけば、私がいなくなっても会社は自然と立派になっていきます。<br />
フィロソフィの継承こそが当社が永年企業になる唯一の道です。<br />
心を高めるとは最終的に利己より利他が上回っているということであり、そのように心が浄化された人は必ず人生が好転しますし、自分の幸福ばかり願い、他者のことなどお構いなしの人は必ず転落の人生となります。<br />
転落の人生とは収入が少ないとぼやいたたり、病気ばかりしたり、不幸が続いたり、不満・愚痴の人生です。<br />
これは真理なのだと社員の皆さんにはぜひ理解して欲しいし、我が身を正すように努力しましょう。<br />
宇宙の意志と調和するというのはそのような努力の先に必然的に生じる法則なのです。<br />
稲盛さんは次のように言われています。</p>
<p>「経営者はもちろんだが、社員同士が心を磨いていけば、社員の立ち振る舞いも立派になり、社風にも品格が備わり、いわば手の切れるような会社になる。望まなくとも会社は立派に成長していく」<br />
世のため、人のため、当社はまだまだ貢献できるし、その結果として当社の社員全員の物心両面の幸福実現を成し遂げなければなりません。<br />
今年も残りわずかですが、来年は今年より少しでも互いの心が高まったと言えるような会社にしましょう。<br />
今朝のフィロソフィは宇宙の意志と調和する心です。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>日常生活とフィロソフィ</title>
		<link>http://www.i-tsu.jp/blog/blog/2023/11/29/%e6%97%a5%e5%b8%b8%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%a8%e3%83%95%e3%82%a3%e3%83%ad%e3%82%bd%e3%83%95%e3%82%a3/</link>
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		<pubDate>Wed, 29 Nov 2023 05:06:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.i-tsu.jp/blog/?p=1476</guid>
		<description><![CDATA[フィロソフィを何か特別なことと勘違いしている人はいませんか。 私は心豊かな人生を歩むための道しるべがフィロソフィだと思っています。 心豊かな人生とはどんなものかと言えば人それぞれ価値観が違いますから一概には言えませんが、少なくとも人として自分の人生が意義あるものと思える状況をもたらすのがフィロソフィであり、それは人種、性別、年代を問わず普遍的なものです。 そして仕事ではもちろんですが、日常の生活においてもフィロソフィを生かしていけばさらに充実した人生となります。 例えば趣味のランニングを例にしましょう。 例え趣味でも少しでも記録がよくなるとうれしいものです。 多くの方が目標を設定し、1キロを６分で走って10キロまで走れるようにしたいとか、いずれはハーフマラソン、さらにフルマラソンにも挑戦できるようにしたいと考えたりします。 私も恥ずかしながら来春のさくらマラソンの5キロに出て35分を切りたいと思っています。 大会には出るのは10年ぶりで、この間、ランニングはしていませんでしたが、会社のメンバーと一緒に走りたいという思いもあり、70歳という年も考えず楽観的に挑戦の思いで参加を決めました。 その目標に応じてランニングシューズはもちろん、大会に出てある程度の記録を達成したいとなるとGPS機能付きの腕時計は必須アイテムだし、長く走るので紫外線カットのサングラスなども必要かもしれません。 目標に応じて準備も変わりますし、当然、練習も変わってきます。 いきなりハーブマラソンやフルマラソンに挑む人はいません。 自分の力を謙虚に見定めながら、能力は未来進行形を信じて、5キロ、10キロ、と走る距離やペースを上げていく。 計画は悲観的にです。 そしてこれら目標を達成するには持続した地道な努力と自分に勝つんだという闘争心にも似た強い意思が必要です。 その意思をより強固にするために目標を公言して有言実行、あるいは自らを追い込むこともありだと思います。 さらにそもそも何のために走るのかという意義がないとモチベーションが図れません。 健康管理とかダイエットとか、あるいは共通の趣味の人たちとの交流のためとか。 大会にでてみるとわかりますが、沿道の見知らぬ人たちの声援が意外と効きます。 感謝の情が湧いてきて、バテかけていても不思議と頑張ろうという気になってきます。 一緒に走っている人たち同士の高揚感も自分を奮い立たせてくれます。 何千、何万という人たちが一斉に走り出すのです。 己の完走を信じて、実行は楽観的にです。 それぞれの目標を胸に完走を目指すという一つの目標の元に、見知らぬ者同士のベクトルがぴたりと一致するのです。 その大きなパワーの中にいる自分を興奮をもって感じるのです。 ここでは隣のランナーを邪魔してやろうとか、蹴とばしてやろうとか言う人は一人もいません。 皆が一生懸命に走るのです。 これだけみてもランニングという日常の行動の中に様々なフィロソフィ項目を盛り込めばランニングがさらに充実したものになってくることがわかります。 高い目標を立てる、有言実行、自らを追い込む、謙虚、登る山に応じて準備を怠らない、能力を未来進行形で考える、地道な努力、構想は楽観的に、計画は悲観的に、実行は楽観的に。強い意思、ベクトルを合わせる、フェアプレー精神を貫く、感謝、見知らぬ人たちとの連帯感は「宇宙の意思と調和」的な感覚すらあると私は思います。 フィロソフィは仕事や会社を立派にするだけではありません。 私自身、あなた自身の心を高め、人生を実りあるものにしてくれるのです。 私は本当にフィロソフィに出会ってよかったと、心からそう思います。 稲盛塾長には感謝しかありません、つくづくそう思います。 今朝のフィロソフィは宇宙の意思と調和する心です。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>フィロソフィを何か特別なことと勘違いしている人はいませんか。<br />
私は心豊かな人生を歩むための道しるべがフィロソフィだと思っています。<br />
心豊かな人生とはどんなものかと言えば人それぞれ価値観が違いますから一概には言えませんが、少なくとも人として自分の人生が意義あるものと思える状況をもたらすのがフィロソフィであり、それは人種、性別、年代を問わず普遍的なものです。<br />
そして仕事ではもちろんですが、日常の生活においてもフィロソフィを生かしていけばさらに充実した人生となります。<span id="more-1476"></span></p>
<p>例えば趣味のランニングを例にしましょう。<br />
例え趣味でも少しでも記録がよくなるとうれしいものです。<br />
多くの方が目標を設定し、1キロを６分で走って10キロまで走れるようにしたいとか、いずれはハーフマラソン、さらにフルマラソンにも挑戦できるようにしたいと考えたりします。<br />
私も恥ずかしながら来春のさくらマラソンの5キロに出て35分を切りたいと思っています。<br />
大会には出るのは10年ぶりで、この間、ランニングはしていませんでしたが、会社のメンバーと一緒に走りたいという思いもあり、70歳という年も考えず楽観的に挑戦の思いで参加を決めました。<br />
その目標に応じてランニングシューズはもちろん、大会に出てある程度の記録を達成したいとなるとGPS機能付きの腕時計は必須アイテムだし、長く走るので紫外線カットのサングラスなども必要かもしれません。<br />
目標に応じて準備も変わりますし、当然、練習も変わってきます。<br />
いきなりハーブマラソンやフルマラソンに挑む人はいません。<br />
自分の力を謙虚に見定めながら、能力は未来進行形を信じて、5キロ、10キロ、と走る距離やペースを上げていく。<br />
計画は悲観的にです。</p>
<p>そしてこれら目標を達成するには持続した地道な努力と自分に勝つんだという闘争心にも似た強い意思が必要です。<br />
その意思をより強固にするために目標を公言して有言実行、あるいは自らを追い込むこともありだと思います。<br />
さらにそもそも何のために走るのかという意義がないとモチベーションが図れません。<br />
健康管理とかダイエットとか、あるいは共通の趣味の人たちとの交流のためとか。<br />
大会にでてみるとわかりますが、沿道の見知らぬ人たちの声援が意外と効きます。<br />
感謝の情が湧いてきて、バテかけていても不思議と頑張ろうという気になってきます。<br />
一緒に走っている人たち同士の高揚感も自分を奮い立たせてくれます。<br />
何千、何万という人たちが一斉に走り出すのです。<br />
己の完走を信じて、実行は楽観的にです。<br />
それぞれの目標を胸に完走を目指すという一つの目標の元に、見知らぬ者同士のベクトルがぴたりと一致するのです。<br />
その大きなパワーの中にいる自分を興奮をもって感じるのです。<br />
ここでは隣のランナーを邪魔してやろうとか、蹴とばしてやろうとか言う人は一人もいません。<br />
皆が一生懸命に走るのです。</p>
<p>これだけみてもランニングという日常の行動の中に様々なフィロソフィ項目を盛り込めばランニングがさらに充実したものになってくることがわかります。<br />
高い目標を立てる、有言実行、自らを追い込む、謙虚、登る山に応じて準備を怠らない、能力を未来進行形で考える、地道な努力、構想は楽観的に、計画は悲観的に、実行は楽観的に。強い意思、ベクトルを合わせる、フェアプレー精神を貫く、感謝、見知らぬ人たちとの連帯感は「宇宙の意思と調和」的な感覚すらあると私は思います。<br />
フィロソフィは仕事や会社を立派にするだけではありません。<br />
私自身、あなた自身の心を高め、人生を実りあるものにしてくれるのです。<br />
私は本当にフィロソフィに出会ってよかったと、心からそう思います。<br />
稲盛塾長には感謝しかありません、つくづくそう思います。<br />
今朝のフィロソフィは宇宙の意思と調和する心です。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>藤井聡太８冠に学ぶ</title>
		<link>http://www.i-tsu.jp/blog/blog/2023/10/31/%e8%97%a4%e4%ba%95%e8%81%a1%e5%a4%aa%ef%bc%98%e5%86%a0%e3%81%ab%e5%ad%a6%e3%81%b6/</link>
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		<pubDate>Tue, 31 Oct 2023 07:54:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.i-tsu.jp/blog/?p=1472</guid>
		<description><![CDATA[８タイトル制覇を成し遂げた、藤井八冠。自分へのご褒美は、との記者の問に「勝ったときに褒美は考えていない。勝っても負けてもモチベーションを保つのが重要です」と答えています。 何と謙虚で、とても21歳とは思えない受け答えです。 すでに成功も失敗も試練、ということが腹に落ちているのだと思います。 いい時も、悪い時も試練と稲盛さんはよく言われていました。 私は悪い時の試練よりいい時の試練の方が怖いと思います。 何故なら悪い時は気落ちするかもしれませんが、己の至らなさを自覚できる器量さえ持っていれば失敗を糧にしてやり直しできる可能性があります。 ところがいい時は余程の人格を持っていないと、うれしくなって、誰かに自慢したくなったり、自分で自分をほめてあげたいと思ったりするのが普通の人間だと思います。 この気のゆるみが人を傲慢に変えていきます。 傲慢は自分の人間性を下げ、せっかくつかんだ成功体験もつかの間、次の失敗へとつながっていきます。 成功体験が大きければ大きいほど、次の失敗も大きくなる、山あれば谷深しです。 これがフィロソフィの教えの肝というか怖いところです。 史上初の8冠です、有頂天になっても誰も責めません。 こんな時、豪華な外車を自分の褒美に買いますなんていう有名人は多々います。 藤井さんは弱冠２１歳です。 年収も億単位です。 なんで勝っても負けてもモチベーションが保つことの方が大切なんて言えるのでしょうか。 勝って兜の緒を締めよとは言いますが、もって生まれた謙虚さなのでしょうか。 大谷翔平さんも藤井さんと同じようなことを言われていたと思います。 二人ともわかっているのでしょう。 自分の気持ちの張りのようなものを決して切らさない、傲慢になって努力を忘れては元も子もない、謙虚に精進を続けることこそ大切だと理解している。 ジャンルは違いますが、20代ながら片やメジャーを代表する野球選手、片や日本を代表する棋士、共に謙虚で人間性も素晴らしい。 私よりはるかに年下の若者ですが脱帽するしかありません。 今朝のフィロソフィは常に謙虚であらねばならないです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>８タイトル制覇を成し遂げた、藤井八冠。自分へのご褒美は、との記者の問に「勝ったときに褒美は考えていない。勝っても負けてもモチベーションを保つのが重要です」と答えています。<br />
何と謙虚で、とても21歳とは思えない受け答えです。<br />
すでに成功も失敗も試練、ということが腹に落ちているのだと思います。<br />
いい時も、悪い時も試練と稲盛さんはよく言われていました。<br />
私は悪い時の試練よりいい時の試練の方が怖いと思います。<br />
何故なら悪い時は気落ちするかもしれませんが、己の至らなさを自覚できる器量さえ持っていれば失敗を糧にしてやり直しできる可能性があります。<br />
ところがいい時は余程の人格を持っていないと、うれしくなって、誰かに自慢したくなったり、自分で自分をほめてあげたいと思ったりするのが普通の人間だと思います。<span id="more-1472"></span></p>
<p>この気のゆるみが人を傲慢に変えていきます。<br />
傲慢は自分の人間性を下げ、せっかくつかんだ成功体験もつかの間、次の失敗へとつながっていきます。<br />
成功体験が大きければ大きいほど、次の失敗も大きくなる、山あれば谷深しです。<br />
これがフィロソフィの教えの肝というか怖いところです。</p>
<p>史上初の8冠です、有頂天になっても誰も責めません。<br />
こんな時、豪華な外車を自分の褒美に買いますなんていう有名人は多々います。<br />
藤井さんは弱冠２１歳です。<br />
年収も億単位です。<br />
なんで勝っても負けてもモチベーションが保つことの方が大切なんて言えるのでしょうか。<br />
勝って兜の緒を締めよとは言いますが、もって生まれた謙虚さなのでしょうか。</p>
<p>大谷翔平さんも藤井さんと同じようなことを言われていたと思います。<br />
二人ともわかっているのでしょう。<br />
自分の気持ちの張りのようなものを決して切らさない、傲慢になって努力を忘れては元も子もない、謙虚に精進を続けることこそ大切だと理解している。<br />
ジャンルは違いますが、20代ながら片やメジャーを代表する野球選手、片や日本を代表する棋士、共に謙虚で人間性も素晴らしい。<br />
私よりはるかに年下の若者ですが脱帽するしかありません。<br />
今朝のフィロソフィは常に謙虚であらねばならないです。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>嘘をつかない、時間と約束を守る</title>
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		<pubDate>Thu, 12 Oct 2023 00:20:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.i-tsu.jp/blog/?p=1467</guid>
		<description><![CDATA[今月のフィロソフィ、「嘘をつかない、時間と約束を守る」について今朝は取り上げたいと思います。 何度か社内で話していますが、これは私の父の教えです。 職業軍人上りの厳しい父で平手で殴られたこともありました。 このフィロソフィはその父の口癖でした。 父の教えでは頭に男がついていて「男は嘘つくな」だったのですが、女性なら嘘ついてもいいわけではないのでシスケンフィロソフィでは男を取っているわけです。 学生の頃はそうでもなかったのですが、父も亡くなり社会人になってこの父の教えを私は意識するようになりました。 嘘はつかない、時間と約束は守るを自分に言い聞かせ、新聞記者人生をスタートし、その後の就職先の県の外郭団体でもそれを通しました。 会議でも取材先との面会の時間でもとにかく遅れることはないように、例え困難なことでも約束した以上は絶対に守る、嘘をつかない、これが一番難しく、１００％嘘はつかなかったと言えばそれこそ嘘をついたことになりますが、極力このことを心掛けてきました。 お陰様で私は客先や上司からも評価されるようになり、新聞社を退職した時も取材先であった県庁の幹部の皆さんが心配して県の外郭団体の就職を世話してくれました。 独立してからもそうしたご支援は続いたほか、当社のビジネスを通じて知り合った様々な方々から信頼と信用を得たのは、この父の教えのおかげだと今も思っています。 何も知らない社会人スタートの時も、同じように経営のことがよくわからない新米社長の時も、この教えをなんとか守ったからここまでこれたのだと感謝しています。 だから京セラフィロソフィにはないこの項目をシスケンフィロソフィには採用したわけです。 誤解してもらっては困りますが、最低限、私の父の教えさえ守っていれば、社会人としてなんとか信頼を得てやっていくことはできます。 今年入社された新入社員の方々には特にこのことを強調したいと思います。 能力以前の問題として人として信頼されなければ何も始まりません。 その上でフィロソフィの他の項目を身に着けていけば人として正しい道を歩むことになり人間性も高まっていくわけです。 嘘をつかないこと、時間を守ること、約束したことは必ずやること、これらは社会人として信頼される一丁目一番地なのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今月のフィロソフィ、「嘘をつかない、時間と約束を守る」について今朝は取り上げたいと思います。<br />
何度か社内で話していますが、これは私の父の教えです。<br />
職業軍人上りの厳しい父で平手で殴られたこともありました。<br />
このフィロソフィはその父の口癖でした。<br />
父の教えでは頭に男がついていて「男は嘘つくな」だったのですが、女性なら嘘ついてもいいわけではないのでシスケンフィロソフィでは男を取っているわけです。<span id="more-1467"></span></p>
<p>学生の頃はそうでもなかったのですが、父も亡くなり社会人になってこの父の教えを私は意識するようになりました。<br />
嘘はつかない、時間と約束は守るを自分に言い聞かせ、新聞記者人生をスタートし、その後の就職先の県の外郭団体でもそれを通しました。<br />
会議でも取材先との面会の時間でもとにかく遅れることはないように、例え困難なことでも約束した以上は絶対に守る、嘘をつかない、これが一番難しく、１００％嘘はつかなかったと言えばそれこそ嘘をついたことになりますが、極力このことを心掛けてきました。<br />
お陰様で私は客先や上司からも評価されるようになり、新聞社を退職した時も取材先であった県庁の幹部の皆さんが心配して県の外郭団体の就職を世話してくれました。<br />
独立してからもそうしたご支援は続いたほか、当社のビジネスを通じて知り合った様々な方々から信頼と信用を得たのは、この父の教えのおかげだと今も思っています。<br />
何も知らない社会人スタートの時も、同じように経営のことがよくわからない新米社長の時も、この教えをなんとか守ったからここまでこれたのだと感謝しています。<br />
だから京セラフィロソフィにはないこの項目をシスケンフィロソフィには採用したわけです。</p>
<p>誤解してもらっては困りますが、最低限、私の父の教えさえ守っていれば、社会人としてなんとか信頼を得てやっていくことはできます。<br />
今年入社された新入社員の方々には特にこのことを強調したいと思います。<br />
能力以前の問題として人として信頼されなければ何も始まりません。<br />
その上でフィロソフィの他の項目を身に着けていけば人として正しい道を歩むことになり人間性も高まっていくわけです。<br />
嘘をつかないこと、時間を守ること、約束したことは必ずやること、これらは社会人として信頼される一丁目一番地なのです。</p>
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		<title>ダム式経営</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Oct 2023 08:24:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[「経営は意思で決まる」稲盛さんがよく言われていたフレーズです。 燃えるような闘魂とも言われました。 今ならブラック言われるでしょうが、仕事が取れないですごすごと帰社してきた営業マンに、「そんな弱気でどうする。俺が後ろから機関銃で撃つぞ、どうせ逃げ帰って死ぬぐらいなら前へ進んで死ね」と激しい言葉を投げつけたこともあったと言います。 もちろん本当に死ねと思っているわけではありませんが、これはまさに今ロシアがウクライナ相手に取っている玉砕戦法です。 刑務所から連れてきた兵士を前線に立たせて、逃げようとすると本当に鉄砲で撃つそうです。そうして前線に押し返すのです。 とんでもない話ですが、稲盛さんの話はあくまでたとえではありますが、京セラが成長する過程でそれほど激しい闘志を燃やしたことは事実です。 今の時代は人に優しいとか多様性を受け入れる寛容性とかに注目が集まる時代ですが、それを否定はしませんが、それだけで国家間競争や企業間競争に勝ち残っていけるわけではありません。 強い意思で必死に頑張る思いも一方でないと生き残っていけません。 優しいだけでは全社員の物心両面の幸福は永遠に実現できません。 全員が強い意思をもって目標に立ち向かわないとことは成せないのです。 今月のフィロソフィのひとつはダム式経営を目指すです。 何故、ダム式経営を目指すのか、それは会社を強固に立派な企業にするため、すなわち社員の幸せのためです。 今期、教育関係のシステムの受注拡大を目指しています。 これはすべて当社にとっての強固なダムを築くためです。 このダムが築かれれば当社は安定した成長軌道に乗ることができるでしょう。 しかし、そのためには全員が強い意思をもってことに臨まなければそんな簡単にダムが完成するわけはないのです。 燃えるようなエネルギーに満ちた強い意思が絶対に必要です。しかし、これはもろ刃の剣でもあるわけです。 誤って限界を超えれば自分自身、部下、最終的には集団を破滅させてしまいかねません。 だからこそ私たちは人間性を高めないといけないわけです。上辺だけでなく真の優しさも身につけなければいけないわけです。 強い意思を持ち、かつフィロソフィで心を高めた集団の思いが結集した時に初めてそそり立つダムが完成するのです。 みなさんと早くそんなダムを見てみたいものです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「経営は意思で決まる」稲盛さんがよく言われていたフレーズです。<br />
燃えるような闘魂とも言われました。<br />
今ならブラック言われるでしょうが、仕事が取れないですごすごと帰社してきた営業マンに、「そんな弱気でどうする。俺が後ろから機関銃で撃つぞ、どうせ逃げ帰って死ぬぐらいなら前へ進んで死ね」と激しい言葉を投げつけたこともあったと言います。<br />
もちろん本当に死ねと思っているわけではありませんが、これはまさに今ロシアがウクライナ相手に取っている玉砕戦法です。<br />
刑務所から連れてきた兵士を前線に立たせて、逃げようとすると本当に鉄砲で撃つそうです。そうして前線に押し返すのです。<br />
とんでもない話ですが、稲盛さんの話はあくまでたとえではありますが、京セラが成長する過程でそれほど激しい闘志を燃やしたことは事実です。<span id="more-1460"></span></p>
<p>今の時代は人に優しいとか多様性を受け入れる寛容性とかに注目が集まる時代ですが、それを否定はしませんが、それだけで国家間競争や企業間競争に勝ち残っていけるわけではありません。<br />
強い意思で必死に頑張る思いも一方でないと生き残っていけません。<br />
優しいだけでは全社員の物心両面の幸福は永遠に実現できません。<br />
全員が強い意思をもって目標に立ち向かわないとことは成せないのです。<br />
今月のフィロソフィのひとつはダム式経営を目指すです。<br />
何故、ダム式経営を目指すのか、それは会社を強固に立派な企業にするため、すなわち社員の幸せのためです。</p>
<p>今期、教育関係のシステムの受注拡大を目指しています。<br />
これはすべて当社にとっての強固なダムを築くためです。<br />
このダムが築かれれば当社は安定した成長軌道に乗ることができるでしょう。<br />
しかし、そのためには全員が強い意思をもってことに臨まなければそんな簡単にダムが完成するわけはないのです。<br />
燃えるようなエネルギーに満ちた強い意思が絶対に必要です。しかし、これはもろ刃の剣でもあるわけです。<br />
誤って限界を超えれば自分自身、部下、最終的には集団を破滅させてしまいかねません。<br />
だからこそ私たちは人間性を高めないといけないわけです。上辺だけでなく真の優しさも身につけなければいけないわけです。<br />
強い意思を持ち、かつフィロソフィで心を高めた集団の思いが結集した時に初めてそそり立つダムが完成するのです。<br />
みなさんと早くそんなダムを見てみたいものです。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>トップダウンとボトムアップ</title>
		<link>http://www.i-tsu.jp/blog/blog/2023/02/09/%e3%83%88%e3%83%83%e3%83%97%e3%83%80%e3%82%a6%e3%83%b3%e3%81%a8%e3%83%9c%e3%83%88%e3%83%a0%e3%82%a2%e3%83%83%e3%83%97/</link>
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		<pubDate>Thu, 09 Feb 2023 04:27:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.i-tsu.jp/blog/?p=1445</guid>
		<description><![CDATA[私は自分で言うのもなんですが、ワンマン経営だと自覚しています。 昔、稲盛塾長が経営者の理想像を素晴らしい人格を有した独裁者であるべきだと言われたことがあります。 別にそれを言い訳にしているわけではありませんし、私に素晴らしい人格を備わっていなことは百も承知しているのですが、２０期で会社が赤字を出し、稲盛フィロソフィとアメーバ経営で会社を再建すると決めた時から、これは自分が体を張って押し切っていかないと生半可な覚悟では空中分解すると思ったからです。 案の定、結構な数の社員から反発を受けました。 私に合いませんと退職した人、フィロソフィが嫌ならやめてもらって構わないと言ったこともあります。私にとってはオーバーな表現ではなく、まさに戦いでした。 それから１０年、シスケンフィロソフィを策定してから７年たちました。 すべての社員がフィロソフィを自分のものにしているとは言えませんし、私自身がまだまだです。 残念ながら未だに発想の起点が自分から始まる人もいますし、入社歴の浅い社員の方の中にはそもそもフィロソフィの理解に至っていない人もいますが、そういうレベルの人も含めてフィロソフィとアメーバ経営が一定程度は浸透してきたと感じています。 何となくですがフィロソフィが示す方向に行かないといけないなぁというようなベクトルになってきており、当社の持ち味、社風になりつつあると感じています。 そろそろワンマン経営だけでなく、下からの意見をくみ上げて物事を決めていくようにもっていかないといけないなぁと数年前から思い始めています。 次の世代への経営の継承を考えるフェーズに入ったこともあります。 創業者の魂だけで引っ張っていく段階からもう一段階、高みに登らなければなりません。 でもそれはボトムアップの経営という意味ではありません。 稲盛さんもはっきり言っていますが、「ボトムアップは民主的で良さそうに見えるがそれだけでは上手くいかない。一方トップダウンだけでは白けてしまう。その両方が必要だ。」 一見、ボトムアップは良さそうで、アマチュアスポーツなどでは自主性の尊重がもてはやされていますが、会社ではなぜボトムアップだけではダメかと言えば、例えばチームの売上目標を立てようとします。みんなで協議すれば無難なできそうな目標が導き出されます。責任感のある人が「そんな目標では会社全体の目標と合致しない。もっと高くすべきだ」と言ったとしても多数決をとればできそうな目標に落ち着いていきます。 出来そうな目標は、やらなければいけない目標、やるべき目標と大きく乖離しています。 やるべき目標は苦労を伴い、辛い思いもするでしょう。 時には残業どころか夜もベットに入っても頭の中で仕事がグルグル回ることだってあるでしょう。 そんな苦労をみんな嫌がります。 でも、成功というものはその苦労の先にしかないのです。 ボトムアップは仲間同士故の妥協が生まれがちなのです。 だから「目標をもっと高くすべきだ」と勇気をもって発言した社員やそれに耳を傾けられる社員を育てなければいけません。 でもそれはすぐにはできることではないのでトップやリーダーがトップダウンで、しかし押し付けるのではなく、みんなでやろうやという雰囲気づくりをしなければいけないのです。そしてそうして頑張る社員を引き上げていく、年齢や社歴ではなくそうした自燃性の社員をしっかり評価していく会社にしなければいけないのです。 ある雑誌にかかれていたそうですが、大学ラグビーで10連覇を成し遂げた帝京大学岩出前監督が、体育会的な体質を改めて、雑用を上級生がやり、下級生が練習に没頭できるようにしてから団結力が強いチームができて10連覇できたとのことです。 しかし、民主的なチームが行きすぎて、仲良しチームになってしまい、その後優勝出来なくなってしまいました。 現在は行き過ぎたボトムアップを反省し、トップダウンとボトムアップの融合を図り、両極端を併せ持つチームに生まれ変わり、今回の大学選手権では、早稲田、明治、同志社を圧倒して優勝し、帝京の復活を成し遂げました。 組織を強くしていくものそれはボトムアップとトップダウンの融合によって全員のベクトルを合わせていくことなのです。 今朝のフィロソフィはベクトルを合わせるです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私は自分で言うのもなんですが、ワンマン経営だと自覚しています。<br />
昔、稲盛塾長が経営者の理想像を素晴らしい人格を有した独裁者であるべきだと言われたことがあります。<br />
別にそれを言い訳にしているわけではありませんし、私に素晴らしい人格を備わっていなことは百も承知しているのですが、２０期で会社が赤字を出し、稲盛フィロソフィとアメーバ経営で会社を再建すると決めた時から、これは自分が体を張って押し切っていかないと生半可な覚悟では空中分解すると思ったからです。<span id="more-1445"></span><br />
案の定、結構な数の社員から反発を受けました。<br />
私に合いませんと退職した人、フィロソフィが嫌ならやめてもらって構わないと言ったこともあります。私にとってはオーバーな表現ではなく、まさに戦いでした。</p>
<p>それから１０年、シスケンフィロソフィを策定してから７年たちました。<br />
すべての社員がフィロソフィを自分のものにしているとは言えませんし、私自身がまだまだです。<br />
残念ながら未だに発想の起点が自分から始まる人もいますし、入社歴の浅い社員の方の中にはそもそもフィロソフィの理解に至っていない人もいますが、そういうレベルの人も含めてフィロソフィとアメーバ経営が一定程度は浸透してきたと感じています。<br />
何となくですがフィロソフィが示す方向に行かないといけないなぁというようなベクトルになってきており、当社の持ち味、社風になりつつあると感じています。</p>
<p>そろそろワンマン経営だけでなく、下からの意見をくみ上げて物事を決めていくようにもっていかないといけないなぁと数年前から思い始めています。<br />
次の世代への経営の継承を考えるフェーズに入ったこともあります。<br />
創業者の魂だけで引っ張っていく段階からもう一段階、高みに登らなければなりません。<br />
でもそれはボトムアップの経営という意味ではありません。<br />
稲盛さんもはっきり言っていますが、「ボトムアップは民主的で良さそうに見えるがそれだけでは上手くいかない。一方トップダウンだけでは白けてしまう。その両方が必要だ。」<br />
一見、ボトムアップは良さそうで、アマチュアスポーツなどでは自主性の尊重がもてはやされていますが、会社ではなぜボトムアップだけではダメかと言えば、例えばチームの売上目標を立てようとします。みんなで協議すれば無難なできそうな目標が導き出されます。責任感のある人が「そんな目標では会社全体の目標と合致しない。もっと高くすべきだ」と言ったとしても多数決をとればできそうな目標に落ち着いていきます。<br />
出来そうな目標は、やらなければいけない目標、やるべき目標と大きく乖離しています。<br />
やるべき目標は苦労を伴い、辛い思いもするでしょう。<br />
時には残業どころか夜もベットに入っても頭の中で仕事がグルグル回ることだってあるでしょう。<br />
そんな苦労をみんな嫌がります。</p>
<p>でも、成功というものはその苦労の先にしかないのです。<br />
ボトムアップは仲間同士故の妥協が生まれがちなのです。<br />
だから「目標をもっと高くすべきだ」と勇気をもって発言した社員やそれに耳を傾けられる社員を育てなければいけません。<br />
でもそれはすぐにはできることではないのでトップやリーダーがトップダウンで、しかし押し付けるのではなく、みんなでやろうやという雰囲気づくりをしなければいけないのです。そしてそうして頑張る社員を引き上げていく、年齢や社歴ではなくそうした自燃性の社員をしっかり評価していく会社にしなければいけないのです。</p>
<p>ある雑誌にかかれていたそうですが、大学ラグビーで10連覇を成し遂げた帝京大学岩出前監督が、体育会的な体質を改めて、雑用を上級生がやり、下級生が練習に没頭できるようにしてから団結力が強いチームができて10連覇できたとのことです。<br />
しかし、民主的なチームが行きすぎて、仲良しチームになってしまい、その後優勝出来なくなってしまいました。<br />
現在は行き過ぎたボトムアップを反省し、トップダウンとボトムアップの融合を図り、両極端を併せ持つチームに生まれ変わり、今回の大学選手権では、早稲田、明治、同志社を圧倒して優勝し、帝京の復活を成し遂げました。</p>
<p>組織を強くしていくものそれはボトムアップとトップダウンの融合によって全員のベクトルを合わせていくことなのです。<br />
今朝のフィロソフィはベクトルを合わせるです。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>絶対肯定と感情のコントロール</title>
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		<pubDate>Mon, 05 Dec 2022 06:45:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[今月のフィロソフィ項目だった「不平・不満・愚痴を言わず、怒りや妬み・恨みの思いを抱かない」を取り上げたいと思います。 この項目は感情のコントロールに直結する大事なフィロソフィです。 感情が乱れればマイナス思考が繰り返されたり、精神的に不安定になったりして、心理的な不幸感が高まります。 心の乱れは体に直結しますから健康まで害していきます。 しかし、誰しも不平・不満は持ちますし、ただでさえ理不尽なことが世の常ですから、怒りや恨みの感情が湧いてきます。 これを抑えるのは並大抵のことではできません。 自分では気に入らないこと、腹の立つことであったとしても一旦受け入れる、これを絶対肯定と言うのだと、以前、盛和塾で学んだことがあります。 つまり物事を否定しない、ありのまま素直に受け入れろというわけです。 これを聞いた時、それはそう簡単にはできることではないと感じたものです。 例えば今、世情を賑わしている統一教会の問題やウクライナの戦争など理不尽極まりない出来事ですし、政治家の不祥事や不正などもそうでしょう。腹が立つことが頻発していると言っていいでしょう。 というか理不尽なことが多いのが世の常ではないでしょうか。 でも考えてみると、そうした物事に例えば被害者支援活動をしたり、自ら解決するような行動したりといったなんらかのアクションを起こすのであればまだわかりますが、ただ、不平不満や愚痴をこぼしたり、怒りや妬み、恨みを持つことで事態が好転したり、解決することはありません。 むしろそれに自分の心が縛られ、心が乱れるだけであればその事態を一旦自分で受け入れて自分でやれることを少しでも前向きに考えたり、時には無視してしまう方が精神状態という面では有効です。 自分の思考を前向きに建設的に持っていくことの方が重要なのです。 怒りの感情を抱いた状態でフラスコの中の水に息を吹きかけると、通常の状態の水より早く腐ることが実証されています。 直ぐに腹を立てる人は自分の心と体にまさに毒を吐いているようなものなのです。 三毒の煩悩と言ったお釈迦様は正しいのです。 まだまだ人間ができていない私は時々、腹を立てたり、批判めいたことが口を突いて出たりすることがまだありますが、そうした自分に対してこの感情の起伏はダメだなと自分で自分を反省できるようにはなりました。 感情のコントロールも昔よりは多少はできるようになりました。 自分で自分の感情を客観視する、このことが感情の起伏を抑え、穏やかな日々を過ごすための条件だと私は思います。 そしてフィロソフィで心しておかなければいけないことは、社内ではフィロソフィに沿っていない人、例えば利己的な人を注意したり、叱ったりすることは必要ですが、社外においてはそのような人を批判することではありません。 ましてやその人に怒りや愚痴や恨みをぶつけるものではありません。 当社においてはフィロソフィはルールですが社外では残念ながらそうではありません。 社外においてフィロソフィは強制するものでもない、受け入れない人を批判するものでもない、その人はその人なのです。 でないとせっかくフィロソフィの血肉化で積んだ功徳を自ら消すことになります。 そのような意味でも「不平・不満・愚痴を言わず、怒りや妬み・恨みの思いを抱かない」というフィロソフィ項目は非情に大事な項目と言えるのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今月のフィロソフィ項目だった「不平・不満・愚痴を言わず、怒りや妬み・恨みの思いを抱かない」を取り上げたいと思います。</p>
<p>この項目は感情のコントロールに直結する大事なフィロソフィです。<br />
感情が乱れればマイナス思考が繰り返されたり、精神的に不安定になったりして、心理的な不幸感が高まります。<br />
心の乱れは体に直結しますから健康まで害していきます。<span id="more-1411"></span></p>
<p>しかし、誰しも不平・不満は持ちますし、ただでさえ理不尽なことが世の常ですから、怒りや恨みの感情が湧いてきます。<br />
これを抑えるのは並大抵のことではできません。<br />
自分では気に入らないこと、腹の立つことであったとしても一旦受け入れる、これを絶対肯定と言うのだと、以前、盛和塾で学んだことがあります。<br />
つまり物事を否定しない、ありのまま素直に受け入れろというわけです。<br />
これを聞いた時、それはそう簡単にはできることではないと感じたものです。<br />
例えば今、世情を賑わしている統一教会の問題やウクライナの戦争など理不尽極まりない出来事ですし、政治家の不祥事や不正などもそうでしょう。腹が立つことが頻発していると言っていいでしょう。<br />
というか理不尽なことが多いのが世の常ではないでしょうか。</p>
<p>でも考えてみると、そうした物事に例えば被害者支援活動をしたり、自ら解決するような行動したりといったなんらかのアクションを起こすのであればまだわかりますが、ただ、不平不満や愚痴をこぼしたり、怒りや妬み、恨みを持つことで事態が好転したり、解決することはありません。<br />
むしろそれに自分の心が縛られ、心が乱れるだけであればその事態を一旦自分で受け入れて自分でやれることを少しでも前向きに考えたり、時には無視してしまう方が精神状態という面では有効です。<br />
自分の思考を前向きに建設的に持っていくことの方が重要なのです。</p>
<p>怒りの感情を抱いた状態でフラスコの中の水に息を吹きかけると、通常の状態の水より早く腐ることが実証されています。<br />
直ぐに腹を立てる人は自分の心と体にまさに毒を吐いているようなものなのです。<br />
三毒の煩悩と言ったお釈迦様は正しいのです。<br />
まだまだ人間ができていない私は時々、腹を立てたり、批判めいたことが口を突いて出たりすることがまだありますが、そうした自分に対してこの感情の起伏はダメだなと自分で自分を反省できるようにはなりました。<br />
感情のコントロールも昔よりは多少はできるようになりました。<br />
自分で自分の感情を客観視する、このことが感情の起伏を抑え、穏やかな日々を過ごすための条件だと私は思います。</p>
<p>そしてフィロソフィで心しておかなければいけないことは、社内ではフィロソフィに沿っていない人、例えば利己的な人を注意したり、叱ったりすることは必要ですが、社外においてはそのような人を批判することではありません。<br />
ましてやその人に怒りや愚痴や恨みをぶつけるものではありません。<br />
当社においてはフィロソフィはルールですが社外では残念ながらそうではありません。<br />
社外においてフィロソフィは強制するものでもない、受け入れない人を批判するものでもない、その人はその人なのです。<br />
でないとせっかくフィロソフィの血肉化で積んだ功徳を自ら消すことになります。<br />
そのような意味でも「不平・不満・愚痴を言わず、怒りや妬み・恨みの思いを抱かない」というフィロソフィ項目は非情に大事な項目と言えるのです。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>利他行の実践がもたらすもの</title>
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		<pubDate>Fri, 18 Nov 2022 05:50:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.i-tsu.jp/blog/?p=1401</guid>
		<description><![CDATA[当社は物心両面の幸せ実現を理念に掲げていますが、心の幸せというのは精神的な充実があってこそ幸福感が持てるのだと思います。 物的な幸福も大切ではありますが、これだけでは真の幸福は味わえなくて精神的な充実感が必要なのだと思います。 いくら巨万の富を持っていても幸福とは思っていない人もいます。 貧しくとも幸せだと感じている人はいます。 食うにも事欠くような貧乏は別としても、物的満足感よりも精神的な充実感の方が幸福の絶対条件なんだと思います。 その証拠に昔読んだ本で、米国の長者番つけに乗るような人たちの幸福感が、一般のアメリカ人の幸福感よりも下だったという調査結果を読んだことがあります。 では、精神的な充実ってなになんでしょうか。 この定義が非常に大事になります。 極端な話、人をいじめることに精神的充実がある人はそれでいいのかということになります。 そこまで行かなくとも趣味に没頭している時が充実という人もいるでしょう。 このように考えると精神的充実とは人それぞれ違うとなってしまうわけで私自身も全社員の物心両面の幸せ追及なんてできないのではないかと思ったことがあります。 そうではなくて精神的充実は普遍的なもので定義すべきなのだと思い至りました。 フィロソフィは最強ですと言い切った稲盛さんの言葉がそう教えてくれました。 誰にとっても精神的な充実をもたらすものは何か？ 今まで多くの偉人や思想家、哲学者が言ってきたことですが私達は人から「感謝される」「信頼される」「頼りにされる」「新たな環境で仕事ができる」「人に認められる」「社会全体に認められる」何よりも「他人に喜んでもらえる」さらには社会に貢献していいると自覚すること等々が精神的な充実をもたらすのだと言われています。 これらは余程変な人を除いては世代や人類の違いを超えて普遍とだと思います。 利他行の実践でもあります。 精神的な充実を得ることは仕事や私生活も充実して来て、生きていくことに前向きになれるでしょう。 周囲の評価だって上がり、給料だって上がるでしょう。 まさに自利利他です。 ちょっと前ですが奈良県で安部元総理を銃殺した男性は、母親が変な宗教にハマって一家離散の憂き目にあったことが動機だったようです。 この事件をきっかけに旧統一教会の非社会性が問われて、今も毎日のようにマスコミをにぎわせています。 これ自体は大問題ですが、犯人の行動が正当化されるものでもないし、他人が勝手なことを言うようですが、犯人の方は内なる恨みのパワーを外に向けて他者への貢献ということに向けられなかったものか、若い身で犯罪者になってしまっただけに残念に思えます。 私達は稲盛さんのお陰で考え方を正しく持つという教えを得ました。 出来ているかどうか別にしてもこの会社で毎日のようにその考え方に接しています。 そんな簡単にフィロソフィすべてを実践できるものではありませんが、そうなろうと日夜努力することが尊いのです。 考え方次第で人は鬼にも仏にもなるのです。 人を殺す鬼になるのか、人を助ける仏になるのか。 人として生まれてきた以上、人を助ける側に回って精神的な充実を得て幸福な人生を歩む方がいいと皆さん思うはずです。 考え方というか、心のあり様というか、これが私達の人生を左右するのだと思います。 今朝のフィロソフィは１０月のフィロソフィでもあった利他の心を判断基準とするです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>当社は物心両面の幸せ実現を理念に掲げていますが、心の幸せというのは精神的な充実があってこそ幸福感が持てるのだと思います。<br />
物的な幸福も大切ではありますが、これだけでは真の幸福は味わえなくて精神的な充実感が必要なのだと思います。<span id="more-1401"></span><br />
いくら巨万の富を持っていても幸福とは思っていない人もいます。<br />
貧しくとも幸せだと感じている人はいます。<br />
食うにも事欠くような貧乏は別としても、物的満足感よりも精神的な充実感の方が幸福の絶対条件なんだと思います。<br />
その証拠に昔読んだ本で、米国の長者番つけに乗るような人たちの幸福感が、一般のアメリカ人の幸福感よりも下だったという調査結果を読んだことがあります。</p>
<p>では、精神的な充実ってなになんでしょうか。<br />
この定義が非常に大事になります。<br />
極端な話、人をいじめることに精神的充実がある人はそれでいいのかということになります。<br />
そこまで行かなくとも趣味に没頭している時が充実という人もいるでしょう。<br />
このように考えると精神的充実とは人それぞれ違うとなってしまうわけで私自身も全社員の物心両面の幸せ追及なんてできないのではないかと思ったことがあります。<br />
そうではなくて精神的充実は普遍的なもので定義すべきなのだと思い至りました。<br />
フィロソフィは最強ですと言い切った稲盛さんの言葉がそう教えてくれました。</p>
<p>誰にとっても精神的な充実をもたらすものは何か？<br />
今まで多くの偉人や思想家、哲学者が言ってきたことですが私達は人から「感謝される」「信頼される」「頼りにされる」「新たな環境で仕事ができる」「人に認められる」「社会全体に認められる」何よりも「他人に喜んでもらえる」さらには社会に貢献していいると自覚すること等々が精神的な充実をもたらすのだと言われています。<br />
これらは余程変な人を除いては世代や人類の違いを超えて普遍とだと思います。<br />
利他行の実践でもあります。<br />
精神的な充実を得ることは仕事や私生活も充実して来て、生きていくことに前向きになれるでしょう。<br />
周囲の評価だって上がり、給料だって上がるでしょう。<br />
まさに自利利他です。</p>
<p>ちょっと前ですが奈良県で安部元総理を銃殺した男性は、母親が変な宗教にハマって一家離散の憂き目にあったことが動機だったようです。<br />
この事件をきっかけに旧統一教会の非社会性が問われて、今も毎日のようにマスコミをにぎわせています。<br />
これ自体は大問題ですが、犯人の行動が正当化されるものでもないし、他人が勝手なことを言うようですが、犯人の方は内なる恨みのパワーを外に向けて他者への貢献ということに向けられなかったものか、若い身で犯罪者になってしまっただけに残念に思えます。<br />
私達は稲盛さんのお陰で考え方を正しく持つという教えを得ました。<br />
出来ているかどうか別にしてもこの会社で毎日のようにその考え方に接しています。<br />
そんな簡単にフィロソフィすべてを実践できるものではありませんが、そうなろうと日夜努力することが尊いのです。<br />
考え方次第で人は鬼にも仏にもなるのです。<br />
人を殺す鬼になるのか、人を助ける仏になるのか。<br />
人として生まれてきた以上、人を助ける側に回って精神的な充実を得て幸福な人生を歩む方がいいと皆さん思うはずです。<br />
考え方というか、心のあり様というか、これが私達の人生を左右するのだと思います。<br />
今朝のフィロソフィは１０月のフィロソフィでもあった利他の心を判断基準とするです。</p>
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		<title>フィロソフィの出発点と完結点</title>
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		<pubDate>Fri, 01 Jul 2022 02:37:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[「成長するために必要なことは、反省することである。他人の非を責める前に自分の非を改める、自律要因思考が必要である。1％でも自分に非があるならば、自分の非を改めなければならない。これは単純なことであるが、簡単なことではないと思う。自分の非を認めて反省をすることで、自分に必要なことなどの現状を把握することができる。」 これは京セラのグループ会社の新入社員研修を受けたUさんの感想の一節です。 ２０代の頃の自分を思い出して、とてもこんな感想を書けるような人間じゃなかったと恥じ入りました。 稲盛さんは反省がフィロソフィを完結させると言っています。 つまり反省無くしてフィロソフィが身につくことはないということです。 自律要因思考という言葉も私は初めて知りました。 非を他人や周囲に求めるのではなく、自分に非はなかったかと考える、こうした思考を言うようですが、Uさんが言われている通り簡単なことではありません。 自己責任にも通じることですが、一方であまり自分で自分ばかりを責めるようになりすぎてもいけません。 自分の非を認めることで反省ができ、反省ができるから自分に何が足りないかが自覚できます。 だから成長できるのです。 素直な性格でないとなかなかこうはいきません。 一方で、自分の非を自分で認めることですが、自分を責めることではありません。 自分を責めたり、自己否定的になっていくことではなく、むしろ自分の非を受け入れる器量を身に付けることだと私は思います。 フィロソフィでは感性的な悩みをしないという項目があります。 終わったことはくよくよしない、反省をして次は繰り返さない、次はしっかり対応しようと言い聞かせ、明るく次に向かっていくことが重要です。 「小さいことにも感謝できるようになる。感謝の反対は当たり前。この京セラ研修を受けることも当たり前ではない。この会社で働けること、研修を計画していただけること、研修を受けるためのパソコンが使えることなどすべてに感謝したい。受けたくても受けられない人もいるかもしれない。仕事以外でも大人になってから、普段の生活が当たり前ではないということに気付くことができた。家族や今まで自分を支援してくださった方への感謝を常に忘れないようにしたい。」 これもUさんの感想です。 当たり前に衣食住がある、平和がある、それをそのまま当たり前としか受け止められない人には感謝の気持ちは一生持てないでしょう。 素直に感謝できるから謙虚さが生まれます。 謙虚さがあるから反省できます。 感謝できない人は傲慢になります。 傲慢だから反省しません、しても身につきません。 だから成長しません、幸福も訪れてくれません。 私達の人間性の向上には感謝と反省が欠かせないのです。 感謝の気持ちがフィロソフィの出発点です。 そして反省が完結点です。 この感想を読ませていただき、フィロソフィの出発点と帰結点について考えさせられました。 是非、初心忘れるべからず。２０代から感想文で書かれたような考えを実践して行ければ素晴らしい人生となることは間違いありません。 これからも色々苦難はあるとは思いますが頑張ってください。 今朝のフィロソフィは常に反省ある人生を心がけるです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「成長するために必要なことは、反省することである。他人の非を責める前に自分の非を改める、自律要因思考が必要である。1％でも自分に非があるならば、自分の非を改めなければならない。これは単純なことであるが、簡単なことではないと思う。自分の非を認めて反省をすることで、自分に必要なことなどの現状を把握することができる。」<br />
これは京セラのグループ会社の新入社員研修を受けたUさんの感想の一節です。<br />
２０代の頃の自分を思い出して、とてもこんな感想を書けるような人間じゃなかったと恥じ入りました。<span id="more-1398"></span></p>
<p>稲盛さんは反省がフィロソフィを完結させると言っています。<br />
つまり反省無くしてフィロソフィが身につくことはないということです。<br />
自律要因思考という言葉も私は初めて知りました。<br />
非を他人や周囲に求めるのではなく、自分に非はなかったかと考える、こうした思考を言うようですが、Uさんが言われている通り簡単なことではありません。<br />
自己責任にも通じることですが、一方であまり自分で自分ばかりを責めるようになりすぎてもいけません。<br />
自分の非を認めることで反省ができ、反省ができるから自分に何が足りないかが自覚できます。<br />
だから成長できるのです。<br />
素直な性格でないとなかなかこうはいきません。</p>
<p>一方で、自分の非を自分で認めることですが、自分を責めることではありません。<br />
自分を責めたり、自己否定的になっていくことではなく、むしろ自分の非を受け入れる器量を身に付けることだと私は思います。<br />
フィロソフィでは感性的な悩みをしないという項目があります。<br />
終わったことはくよくよしない、反省をして次は繰り返さない、次はしっかり対応しようと言い聞かせ、明るく次に向かっていくことが重要です。</p>
<p>「小さいことにも感謝できるようになる。感謝の反対は当たり前。この京セラ研修を受けることも当たり前ではない。この会社で働けること、研修を計画していただけること、研修を受けるためのパソコンが使えることなどすべてに感謝したい。受けたくても受けられない人もいるかもしれない。仕事以外でも大人になってから、普段の生活が当たり前ではないということに気付くことができた。家族や今まで自分を支援してくださった方への感謝を常に忘れないようにしたい。」<br />
これもUさんの感想です。<br />
当たり前に衣食住がある、平和がある、それをそのまま当たり前としか受け止められない人には感謝の気持ちは一生持てないでしょう。</p>
<p>素直に感謝できるから謙虚さが生まれます。<br />
謙虚さがあるから反省できます。<br />
感謝できない人は傲慢になります。<br />
傲慢だから反省しません、しても身につきません。<br />
だから成長しません、幸福も訪れてくれません。<br />
私達の人間性の向上には感謝と反省が欠かせないのです。<br />
感謝の気持ちがフィロソフィの出発点です。<br />
そして反省が完結点です。<br />
この感想を読ませていただき、フィロソフィの出発点と帰結点について考えさせられました。<br />
是非、初心忘れるべからず。２０代から感想文で書かれたような考えを実践して行ければ素晴らしい人生となることは間違いありません。<br />
これからも色々苦難はあるとは思いますが頑張ってください。<br />
今朝のフィロソフィは常に反省ある人生を心がけるです。 </p>
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