先祖から渡されたバトンとは。

中村天風は「自分の命の責任者は自分だ」との言葉を残しているとか。
まさに自分の運命を切り開いていくのは自分しかいません。
ちょっと助けてくれる、進むべき道を助言してくれる人はいるかもしれませんが、それらを受け入れて生かすも殺すも結局は自分次第です。
いくら良い話を聞いても聞き手の魂が低ければただの馬の耳に念仏です。
私達は人として貴重な生を手にしました。
以前もお話ししましたが、御釈迦様は人として生まれる喜びを「優曇華の花のごとし」と言っています。
優曇華とは天上界に3千年に一度だけ咲く花なのだそうです。
つまり3千年に一度の喜びだというわけです。
それだけ尊い一生を、他人の宿命を羨んだり、自分の宿命を嘆いて終わるか、その宿命をクリアして俺は生きたぞ!と言って明るく朗らかに生き生きと生きていく方と、どっちが得かと中村天風は言っています。

私達は確かに宿命を背負って生まれてきます。
しかしながら、どうもその宿命は現世で生を受けた後、その人自身の努力で変えていくために存在しているようです。
いわば課題テストのようなものです。
その課題を解決し、運命を好転させていくことが私達が生まれてきた使命のようです。
このことを私は生きがいの創造という本で気付かされ、稲盛塾長からの陰しつ録の話で合点がいきました。
生まれてくるために背負った課題を自分の努力でクリアすれば、それは自分の子孫へ徳を回すことにもなります。
陰徳を積むということはそのことを指しています。
つまり子孫繁栄の徳を得ることになります。
ごくたまに人間性に問題ありなのになんで幸運がついて回るのと思われるような人がいますが、このタイプの人は先祖の徳を食って生きているわけです。
やがてその徳を食い終われば暗転しますし、何よりも陰徳を積んでいませんからその人の来世は悲惨なことになります。
さらにその子孫には辛い宿命を背負わせることになります。
いわゆる業(カルマ)なのですが、いわば私達は業というバトンを次の代に引き継ぐ使命を持っても生まれているわけです。
そのバトンを少しでもいいバトンにするか、あるいは業に業を重ねたとんでもないバトンにするのかどうかで現世での自分の徳を決定づけるということになります。
ましてやバトンを自分の代で終わらせるということは非常にまずいことになるという想像は十分につきます。

ちなみに私達の両親から遡って30代までいくと驚くなかれ21億人の血を引き継いでいることになります。
これが五百万年も前になると宇宙そのものが両親ということになってしまうぐらい理論上は天文学的な数字になるそうです。
人類皆兄弟というのは正しいのです。
そういう血を引き継いで我々が存在している。
私達はその先祖の先頭に立っているわけです。
そしてその手には宿命、または業というバトンを握らされている。
これは最近読んだ盛和塾の古い機関誌で初めて知ったのですが、稲盛塾長はこの業について先祖からの業が8割、自分自身の輪廻転生してきて背負っている業が2割だと言っています。
業には2種類あることは私も理解していたのですが、その比率はどうなるのだろうとずっと気になっていました。

私は適当に五分五分ぐらいなのかとなぁと思っていたのですが、思った以上に先祖から受ける業の比率が高いことに驚きとある種の恐怖心も湧きました。
今朝はなんか変な話になってしまいましたが、塾長が語っているように生まれた来た時より自分の魂をきれいにしてこの世を去ることが出来れば、これら業を消すことができるはずです。
そのことを中村天風は次のように力説しています。
「その人が本来、宇宙から与えられた、あるいは神から与えられた、生命の奥にある計り知れない、尊い厳粛な力をいかに発揮するかということなのです」
私達は自分が有する計り知れない、尊い厳粛な力を発揮しなければ人として生きて来た意味がないということでもあります。
みんなで幸せになる為にもフィロソフィを学び、血肉化していくことの意義はここにもあるのだと思っています。


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